大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

横浜地方裁判所 昭和28年(ワ)1186号 判決

横浜市中区弥生町二丁目二四番地

原告

出井丑太郎

右訴訟代理人弁護士

小原一雄

横浜市西区戸部町四丁目一四三番地

被告

戸部食品株式会社

右代表者代表取締役

長谷川大一

右訴訟代理人弁護士

小山栄一

右当事者間の昭和二八年(ワ)第一、一八六号会社不存在確認請求事件につき、当裁判所は昭和三三年三月二七日終結した口頭弁論に基いて、次のとおり判決する。

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

一、原告訴訟代理人は、「被告戸部食品株式会社は存在しないことを確認する。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、請求の原因として、次のとおり述べた。

(一)被告戸部食品株式会社は、市場用店舗の貸借等を事業目的とする資本金一、〇〇〇、〇〇〇円の会社として、昭和二六年三月二八日設立登記され、原告は同年四月二四日その取締役に就任した。その後被告会社は、昭和二五年法律第一六七号商法の一部を改正する法律の施行により、昭和二六年一〇月一三日会社が発行する株式の総数、発行済株式の総数及び発行済額面株式の数各二〇、〇〇〇株なる旨の登記をなすとともに、会社の目的を一、市場用店舗の賃貸、二、食料品の卸小売、三、船舶用食料品の納入、四、シツプチヤンドラ船舶代理業保険代理業と変更登記した。

(二)しかして被告会社の設立に当つては、長谷川大一、山本辰治、高瀬忠郎、後藤勇、森栄治、長谷川百合子及び武井宏の七名が発起人となり、昭和二六年三月二六日定款を作成し、同月二七日横浜地方法務局所属公証人松尾元吉の認証を得たうえ、右発起人七名の昭和二六年三月二七日付各株式引受証、岩沢竹雄の同日付株式申込証、同年三月二八日付創立総会議事録、右発起人七名の同日付会社創立に関する事項報告書及び検査役岩沢竹雄の同日付調査報告書をそれぞれ作成し、株式会社横浜興信銀行野毛支店より同日付株式払込金保管証明書の交付を受けて、同日設立登記をなしたもので、長谷川大一は当初からその代表取締役となつている。

(三)しかしながら、被告会社の各発起人は、その設立に際し単に会社を設立するという漠然とした気持があつたのみで、前記定款、株式引受証、同申込証、創立総会議事録、発起人の報告書及び検査役の報告書等の書類はただ被告会社の設立登記をなす目的のもとに計理士のもとで一括作成されたもので、右書面の内容に該当する事実は全くなく、株式引受並びに払込の事実もなければ創立総会開催の事実もない。前記株式会社横浜興信銀行野毛支店の株式払込金保管証明書も、富士相互株式会社から借り受けた金一、〇〇〇、〇〇〇円の見せ金による払込に基いて発行されたものにすぎない。このような事情のもとにおいては、たとえ会社の設立が登記されても、株式会社が成立したとはいえず、被告会社は当初より全然存在しないものである。

(四)ところで、被告会社の唯一の財産である横浜市西区戸部町四丁目一四五番家屋番号二五四号木造スレート葦二階建店舗兼住宅建坪五六坪二合五勺外二階五七坪の建物は、原告が被告会社代表取締役長谷川大一及び取締役数名の依頼により被告会社に融資した金二、八七九、〇一二円九三銭によりその大部分が完成したものであるが、右長谷川等は原告の右貸金債権を担保するため昭和二六年五月二八日前記建物を譲渡担保に供し、その登記手続に必要な書類一切を原告に交付した。しかるに右長谷川は、原告が右の登記手続をしないでいるのを幸いに、同人が代表取締役の地位にある長谷川造船株式会社が被告会社に対し金一、〇〇〇、〇〇〇円の建築請負代金を有するとの虚偽の事実を捏造し、右長谷川造船株式会社がその内金六七七、〇〇〇円の債権を同会社の職工であつた金子勝治に給料の支払いとして譲渡し、一方被告会社は右債権譲渡を承諾したとして、その支払いを担保するため原告に対し譲渡担保に供した前記建物に抵当権を設定し、かつ期限内に弁済しなかつたときは当然右建物の所有権が右金子に移転する旨の停止条件付代物弁済契約をなし、しかも原告を欺罔するため金子と馴合いで、同人をして当庁に仮登記仮処分申請をなさしめ、ついで本登記請求の訴訟を提起せしめて、その旨の決定並びに判決を得、原告不知の間に所有権移転の登記を完了し、以て原告の前記譲渡担保権者としての権利を不法に侵害したものである。よつて原告は、被告会社が存在しないことの確認を求めることにより、被告会社代表取締役長谷川大一がその資格においてした右不法行為が全部是正され原告の前記権利も確認されることとなるので、原告は本訴について確認の利益がある。

二、被告訴訟代理人は、主文第一項同旨の判決を求め、答弁として、次のとおり述べた。

原告主張の事実中、(一)ないし(三)の事実はすべて認める。(四)の事実は、被告会社が金子勝治に原告主張の建物を代物弁済のため譲渡したことのみを認め、その余は否認する。

三、(立証略)

理由

原告主張の(一)ないし(三)の事実は、当事者間に争いがない。

よつて、この事実に基いて、被告会社が不存在と認められるかどうかについて考えてみる。

思うに、会社が不存在である場合とは、会社の設立に着手しながら設立登記をなすに至らないで中絶する場合即ち会社不成立の場合がこれに当ることは勿論であるが、この場合以外においては会社設立の手続を全く欠いている場合(例えば何人かが勝手に会社という名義を用いて事業を経営している場合)とか、設立登記はあつてもその他の会社設立の手続を全く欠いている場合の如く、外形上も会社としての実体を全然認めることのできないような場合に限られるものと解すべきである。

ところで、前記事実によれば、被告会社の設立手続中、株式の引受申込もなく創立総会開催の事実もないことは明らかであるが、長谷川大一外六名の発起人が存在し、たとえ計理士のもとで作成されたとはいえ定款を作成し、公証人松尾元吉の認証を得たこと、株式引受証の引受名義人たる発起人七名及び株式申込証の申込名義人たる岩沢竹雄による株金の払込は実質的にはなされなかつたけれども、たとえ見せ金による払込とはいえ、富士相互株式会社からの借受金一、〇〇〇、〇〇〇円による払込がなされ、これに基いて株式払込金保管証明書が発行されたことが明らかである。してみると、この程度において設立手続の一部がなされている以上、その他の手続はその実体が存在しないとしても、形式上必要な手続が履践されたものとして設立登記も完了している以上、被告会社の設立手続は外形上も株式会社としての実体を全然認めることができない程度に手続を全く欠いているものとみることは相当でない。発起人の定款作成は株式会社の設立行為の基本的なものであり、これに対する公証人の認証も終つた上、見せ金による株金払込の手続もなされたのである。見せ金による株金の払込が払込として有効か無効かは兎も角として、見せ金による払込の手続がなされたということは、外形上においても全然払込がなかつた場合と同一に論ずることはできないのである。これらの手続がなされて設立手続が外形上完了した場合には、設立無効の問題となるかどうかは別として、少くとも株式会社の不存在の場合に当るものと解するのは相当でない。

してみれば、被告会社の存在しないことの確認を求める原告の本訴請求は、確認の利益の点を判断するまでもなく、理由がないことに帰するから、失当として棄却すべきである。(仮りに、原告の主張するところが不存在の事由に該当するものと解しても、不存在の会社は訴訟法上当事者能力を有しないから、会社自体を被告としてその不存在を主張する告告の本訴は、それ自体不適法として却下を免れない筋合である)。よつて、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

横浜地方裁判所第二民事部

裁判官 尾形慶次郎

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例